節分も終わり、お寺では年末からの慌しさから少しだけ開放された気持ちになり、丁度今が樹木の植え替えに適している時期でもあるので、檀家さんより頂いた苗木を庭のどこに植えようか、境内を歩いて見渡し思案して過ごしています。
2月15日はお釈迦さまが涅槃に入られた日です。各寺院では涅槃図をお祀りし、涅槃会を勤修します。
当山でも客殿に涅槃図を祀り、ご法楽を捧げます。
涅槃図で有名なのが京都の泉涌寺(せんにゅうじ)で、仏殿の天上から床までに広がる巨大な図会を祀ります。法要後、「花供曽」(はなくそ)というあられが配られ、図会が一般公開されます。
お釈迦さまは涅槃に入られるとき、「自灯明、法灯明」という言葉を残されました。
皆がお釈迦さまが居なくなることへの悲しみ、不安にさいなまれていると、「何を悲しんでいるのだ。これからは今まで聞いてきた教えを支えとし、まだ苦しむ人々に法を伝えよ。悲しんでいる場合ではない。」と言われました。
今まで頼ってきた明かりがなくなってしまったとき、どう生きていけば良いのでしょう。
お釈迦さまは「自分自身が灯明(明かり)だということに気付きなさい」
ただ、自分自身がまだ未熟で頼りないと思ううちは、「仏の教えをともしびとしなさい」と言われているのです。暗闇の中、足元を照らす「法灯明」を頼りに進めばやがて、自分自身が灯明「自灯明」となっていくという意味です。
そうなれば人のせいにしたり、恨んだり、妬んだり、ということもなくなるでしょう。
進むべき道を照らしてくださるのは消えることのない仏の教え、そしてその光を受け身にまとった自分自身なのです。
一見、葉が枯れ落ち、寒々としている木々の枝先を見ると、まだまだ硬いですが次の新芽が顔を覗かせています。暖かな春はもうすぐです。 合掌 |