真言宗 御室派
清 蓮 山
森 泉 寺
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今月のひとこと
このコラムでは森泉寺に掲示している標語を挙げ、皆様と共に仏の教えを学ぶ場にしたいと思います。
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No.43 2012.07.17
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先日の大雨で九州では川が氾濫したり、土砂崩れが起こったりして、家屋が押し流されるなど甚大な被害となりました。犠牲となった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
長かった梅雨も漸く明けたかと思わせる照りつける日差しと蒸し暑さ、そして蝉の声も日に日に大きくなってまいりました。お盆ももうすぐ。暑い中、お墓掃除に来られる方も多くなる季節ですが、そんな光景も将来見られなくなるかもしれません。
以前より若い方の宗教離れが問題となっていましたが、それは都会の方だけの話のように思っていました。しかし、最近では近くでも「死んだらおしまい。檀家付き合いはいらないし、葬式も適当にホールお抱えの坊さんにしてもらえばいい」という話を聞くようになりました。
何でも合理化の世の中で面倒な付き合いなどは不要と捉えるのは時代の流れで仕方ないのかもしれません。お寺との付き合いも昔ほど密接ではなく、葬式をして初めて自分のお寺の住職を見たという人も多いのではないでしょうか。
檀家云々の話は若い人だけでなく、お寺側にも問題があると思いますが、気に掛かるのは「死んだらおしまい」という言葉です。
仏教では「生、老、病、死」を代表とする「苦」は「苦しみ」として捉えるのではなく、「思い通りにならないこと」と捉えます。しかしそれは、「どうにもならないから諦めればいい」という意味ではなく、誰もが必ず経験する「苦」をしっかりと見つめ、そこから学び、自分を含めたまわりの命を大切に生きようという意味です。
一昨年前、東日本大震災で多くの命が犠牲となり、今尚悲しみから立ち直れずにいる方も多くおられます。また震災をきっかけに、そんな方々を助けよう、困っている人に手を差し伸べようと活動を続けている人も沢山おられます。
インターネット、テレビ、ラジオなどの無い昔は「死」というと本当に身近な存在を失うことを意味し、命に対する思いが強かったことと想像しますが、今は日本中だけでなく世界中のニュースをタイムリーに知ることができる反面、毎日のように人の「死」を見聞きすることで、知らず知らずのうちに命の重みが失われてきているのではないかと感じます。
最近、中学生のいじめによる自殺の問題が大きく報じられましたが、その内容は目を覆いたくなるような酷い事件でした。子どものしたことだからこそ、大きな不安を覚えましたし、取り巻く環境全てに於いて早急に考えなければならない問題であると思いました。
「死んだらおしまい」とは言えないことがたくさん世の中に溢れています。お盆を迎えるにあたって、各々で命のあり方を今一度見つめ直す機会にしていただけたらと願っています。合掌
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