3月11日、私たちはテレビの画面に映る光景に愕然としました。
東日本大震災。日本で最大の地震を観測し、特に岩手、宮城、福島では大津波により町全体が一瞬にして呑み込まれ、多くの命が奪われました。
次々と報道され、明らかになってくる様子を見ていると、他人事ではない胸の痛み、悲しみが込み上げてきました。
できる事なら何でもという想いで町内仏教会が一致して早速、義援金を送りましたが、一日でも早い人命救助、被災者の生活保護とともに、沢山の犠牲者のご冥福を朝夕祈るばかりです。
さて、この度挙げた言葉は「凡そ三世を通観するに一切衆生は恩に依って生く」というお大師さまの言葉です。
三世とは過去、現在、未来を指し、共通して人々はいろいろな恩恵をいただいて生きているのだという意味です。
例えば今の自分を中心として考えると、現代の生活はとても恵まれており、車、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、携帯電話etc...当たり前のように使って便利に過ごしていますが、これらは生活をより良くしようという先人の体験と研究開発の積み重ねによるものです。
また自分で米を作らなくても、着る物を織らずとも、店に行けば手に入るのは直接会うことはほとんどないどこかの人々によって作られています。つまり、他から知らず知らずのうちに沢山の恩恵という供養を受けて生きているのです。
過去にさかのぼっても同じことが言えますし、未来においてももちろん、今現在の人が生きているからこその命です。
ですから恩を受けるばかりでは両手一杯にしても持ちきれなくなり潰れてしまいます。自分もいただいた恩を他に対して分け与え施すことが大切です。物質的なことであれば利養供養。真心をもって相手を敬い讃ずるのは恭敬供養。行いで相手のために働くのが行供養といいます。
よく、「法事は何の為にするのか」と疑問に思う方がおられますが、ひとことで言えば、ご先祖さまの為であり、自分自身の為でもあります。
法事の中では利養供養として供物を献じ、恭敬供養として心の中で先祖を偲び、報恩に感謝し、行供養として皆合掌礼拝、焼香し、僧侶は読経し仏の教えを説き示すことでご先祖さまに供養しているのです。
以前の法話でも記したとおり、他に施すことは未来の自分に施すことに繋がります。
今も猶、被災地では苦しんでいる人達が大勢います。
できることを皆が少しずつでも行えば大きな力となります。
お大師さまの御心と同じく、自分が今まで生かされたことへの恩に報いましょう。合掌
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