お盆が終われど残暑の厳しい毎日が続いています。
さて、「合掌の姿」はこの4回目で最後となりました。今までの標語を思い出せますでしょうか?
1、生まれがたい人間界に今生きて、聞き難い仏法を今聞いて、
仏法僧の無量光に照らされながら感謝にむせぶ姿
2、乱れ騒ぐ心を鎮め、我欲をわびつつ、一心に深い反省に静思する姿
3、不平とののしりを離れ、全てを仏に委ねつつ、安心と報恩に胸温まる姿
仏法に触れることができた喜びから、自分自身を見つめ直しての反省、そしていつも見守ってくださる仏さまへの気付きと同時に湧き上がる安心。
ここまで段階を経て自分の信心を養って参りました。自分だけの為、自分ひとりだけの修行ならば、これまでの3つをもってすれば十分かもしれません。
でも、私達の周りには家族、友人、地域、職場などの中で関わりあう人が沢山います。
性格、気質も様々ですから中には暴言を吐いたりする人もいれば、自分より優れた人もいるでしょうし、全く信仰心の無い方もいると思います。
大切なのはそのような中で「憎しみ」「うぬぼれ」「ねたみ」の心にとらわれず、周りの人たち社会に対して慈愛の心で接することです。実際に手を差し伸べることができれば一番良いでしょうが、それができなくとも、ものの数分でも幸せを祈ることは皆にできることだと思います。
お釈迦さまは王子として生まれたものの、人々の苦しみを知り、城を飛び出しました。苦行苦難の末、ひとりの僧侶との出会いをきっかけに自身を見つめ直しやがて悟りを開かれましたが、それに留まらず一人でも多くの人々を救う為行脚、説法をされました。
お釈迦さまの真似はなかなかできることではありませんが、手を合わせ自分を育んでくれている人たち、自然に対して祈りを捧げてみてはいかがでしょう。
みんなの幸せは自分の幸せ。自分の幸せはみんなの幸せ。合掌
※お詫び パソコンの不具合で更新が遅れご迷惑をお掛けしすみませんでした。
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