梅雨明け前にひとしきり降り続いた大雨で、日本列島各地で洪水、土砂崩れ、土石流など甚大な被害が出てしまいました。地球規模で見ても様々な天変地異が起こっているようで、止め処なく環境破壊をしてきた人間に対する警告のようにも感じられます。
物質が豊かになればなるほど、私たち人間はそれに満足することなく、他と比べて足らないことばかり追い求めてしまいがちです。不平、不満ばかりで心が満たされることなく過ごしているのを見ると何故か「餓鬼」を連想してしまいます。
当山ではお盆の終わりの17日に「施餓鬼供養」の法要を行っていますが、とても大切な教えを含む法要です。
餓鬼とは何かといいますと、顔は鬼のようで、喉が針のように細く、食べ物が喉を通りにくい上、食べた物は忽ち炎に変わり、お腹は膨れ、満たされているようですが常に空腹感に襲われている。背も低く30センチ程で高いところには届きません。そして普段供養を受けることができないため、時折いろいろなわるさをしかけたりしてくるのです。
法要ではこの餓鬼を供養するため、本尊様やご先祖さまに供養した後のお供物(粥)を縁側の施餓鬼棚に供え、修法を施し、その上から参拝者に水を掛けてもらい餓鬼に供します。こうすることで棚から滴り落ちる水滴は餓鬼の喉を潤し、お腹も満たされ浄化されていくといわれています。
この行いは大きな善行として施主の功徳につながり、お釈迦さまの弟子、阿難尊者、目蓮尊者の有名な逸話のとおり、延命長寿が得られると伝わっています。
また、餓鬼とは自分の心に住む鬼でもあるため、この供養によって自身の内なる貪り、瞋り、愚痴の心を鎮めることが出来、同時に安らぎを得られるのです。
暑い最中ではありますが、施餓鬼法要に足を運んでいただき、本尊さま、ご先祖さま、そして未成仏の霊に手を合わせ報恩感謝することで、自分の心も一緒に磨いていただけたらと思います。合掌